「役に立たない科学が役に立つ」 2025年9月5日 吉澤有介

エイブラハム・フレクスナー&ロベルト・ダイクラーフ共著、 初田哲男監訳、野中香方子・西村美佐子訳、東京大学出版会2020年7月刊 著者のフレクスナー(1866~1959)は、プリンストン高等研究所の初代所長。両親はボヘミアからのユダヤ系移民で、苦学してジョンズ・ホプキン大学に進み、医学の訓練と実践を含むアメリカ教育改革に貢献。基礎研究を重視して、独立した研究機関の必要性を説いて発案し、実現しました。ダイクラーフ(1960~)は、数理物理学者。現在プリンストン高等研究所長。芸術と科学における公共政策を唱えています。
監訳者は、1958年生まれ、京都大学大学院理学研究科で博士(理学)。専門は理論物理学。ワシントン大学、筑波大学、京都大学を経て、東京大学大学院教授、名誉教授。現在は理化学研究所。本書は、理化学研究所で企画して訳出しました。
プリンストン高等研究所は、1930年に創設が提案され、ある程度の人材が揃って、機能し始めたのは1933年のことでした。組織は極めてシンプルで、建物もない。研究者は街に住んで仕事をしています。教授会はなく、委員会も存在しません。
目指したのは、講義や管理業務のない「学者の天国」で、最高レベルの研究者が、日常の雑事や実務的な仕事から解放されて、思索に没頭できる環境でした。「役に立たない」知識を、誰にも邪魔されずに探求する」のです。フレクスナーは、仮にそのような知識が、何かの役に立つとしても、それは数十年先のことと考えていました。
しかし、予想よりも早く、それが役に立つ時代が訪れたのです。それは「核」と「デジタル」の革命でした。彼が最初に招いたのは、アインシュタインと、ハンガリー出身のフォン・ノイマンで、さらにチューリングら多くの天才が集まりました。
近年、国内外の大学や研究機関では、「選択と集中」という考え方が強くなってきました。これは資金や人材を特定分野に集中させることで、業績を挙げるという企業戦略からきています。研究を選ぶ基準は、保守的な短期目標を重視する方向へ、危険なまでに傾いています。しかし、同じ論理を大学や研究機関に当てはめるのは問題でしょう。学問の世界で大切なのは、研究者の好奇心です。研究者は想像力を膨らませて、さまざまな仮説を立て、それを実験、観測、調査で検証し、最終的に理論で体系付けします。「選択と集中」の論理を押し付けられたら、多様な発想は浮かびません。
産業界のイノベーションは、そのほとんどが長い年月をかけた基礎研究によっています。基礎研究は、すぐには役立ちませんが、100年単位で考えると、確実に世の中を変えてきました。スマホで目的地に行けるのは、100年前の量子力学や相対性理論があったからです。非実用的な研究から現実社会での応用に至るのは、複雑かつ循環的で、応用の結果として生まれたテクノロジーが、逆に基本的な発見に至ることもあります。本書には、それらの基礎研究の様々な事例が挙げられていました。「了」

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